2026-07-29

おじいちゃんとの思い出——知っていたのは、ほんの一部だった

結論:優しかった記憶はある。でも、知らないことの方が多かった

おじいちゃんは、優しい人でした。

怒られた記憶は、ほとんどありません。縁側でお茶を飲んでいる姿、いつも穏やかだった声。そういう記憶は、今でもはっきりと残っています。

でも、それは「優しかった」という印象であって、おじいちゃんの人生そのものを知っているわけではなかった、と今になって思います。

縁側でくつろぐ優しいおじいちゃんと孫の水彩イラスト

聞いていた話は、人生のほんの一部だった

戦争に行っていたこと。シベリアに抑留されていたこと。そうした話は、確かに聞いたことがあります。

でも思い返すと、それは断片でしかありませんでした。どんな毎日を過ごしていたのか。何がつらくて、何に救われたのか。帰ってきてからどんな気持ちで暮らしていたのか。そこまでは、聞けていません。

一つのエピソードを知っているからといって、その人の人生を知っていることにはならない。当たり前のことですが、おじいちゃんがいなくなってから、ようやく気づきました。

戦争の記憶を静かに象徴する古い写真と帽子の水彩イラスト

「もっと知っておけばよかった」と思う理由

おじいちゃんのことを知っている人は、もう、ほとんど残っていません。

聞こうと思えば聞ける、という時間は、思っているよりずっと短いのだと思います。生きているうちは、いつでも聞けると思ってしまう。だからこそ、後回しにしてしまう。

この感覚は、私だけのものではないのかもしれません。誰しも、大切な人との時間は全部は思い出せないという話に、思い当たる節があるのではないでしょうか。

思い出は消えるのではなく、語られなくなる

よく「記憶は薄れていく」と言われます。でも、実際に起きているのは、少し違うことのような気がしています。

写真は、姿を残してくれます。でも、口ぐせや、笑い方や、話すときの間まで、写真には写りません。そしてそれらは、本人がいなくなったあと、誰かが語らなければ、そのまま消えていきます。

記憶が薄れるのではなく、語る機会そのものが、なくなっていく。おじいちゃんのことを思うとき、いつもそこに行き着きます。

お葬式の廊下で静かに思い出を語り合う家族の水彩イラスト

いま、誰かの話を聞けるうちに

もし、おもいで文庫が昔からあったなら。私はもっと、おじいちゃんのことを聞けていたと思います。

シベリア抑留の話だけでなく、その前後の暮らしのこと。何気ない日常の中の口ぐせや、好きだったものや、家族に対する態度。そうした「その人らしさ」を、誰かと一緒に、少しずつ聞いて、綴っておくことができたかもしれません。

おもいで文庫は、物語を創作するものではありません。主人公はあくまでその人自身で、著者はご家族です。おもいで文庫は、その間に立つ聞き手であり、書き役として、話された言葉をそのまま形にしていきます。

お葬式のとき、廊下やお斎の席で語られる話が、実はいちばん多いのだと聞いたことがあります。あの場で交わされる言葉もまた、その日のうちに消えていくものの一つです。おもいで文庫は、そうした一つひとつの言葉を、みんなで一冊に綴っていくための場所でもあります。

その家の蔵書となる一冊の文庫本の水彩イラスト

おわりに

おじいちゃんのことを、もっと知っておけばよかった。今、そう思っています。

でも、まだ話せる人がいるなら、まだ間に合います。故人のエピソードをどう残すか迷っている方は、追悼文が書けないときに|故人のエピソードから言葉を紡ぐ書き方も参考にしていただけたらと思います。

その人の話を、聞かせてください。おもいで文庫は、あなたと一緒に、その人らしさを一冊の文庫として残すお手伝いをしたいと考えています。

AIが創作するのではなく、聞き手として大切な人の物語を家族とともに綴り、一冊の文庫として残すサービス

その人の話を、聞かせてください

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